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||<#FFFFFF'style='font-size:11pt;font-weight:bold;color:#00c000'``ご訪問ありがとうございます。|| ||<#FFFFFF'style='font-size:11pt;font-weight:bold;color:#00c000'``田辺聖子さんのエッセーを読みながら、わたしの日々を綴っています。|| ||<#FFFFFF'style='font-size:11pt;font-weight:bold;color:#00c000'``ブログタイトルは、田辺聖子さんの小説のタイトルをお借りしました。|| ||<#FFFFFF'style='font-size:11pt;font-weight:bold;color:#00c000'``四季おりおりの自然ににふれながら、高齢の黒ラブ・花子もよろしく♡|| ||<#FFFFFF'style='font-size:11pt;font-weight:bold;color:#00c000'``みなさまからのあたたかいコメント感謝しております。||            http://www.wanpug.com/illust2702_thumb.gif            

older | 1 | .... | 58 | 59 | (Page 60)

    0 0


    ・6月の中頃、
    そう「夏至」の前後に、
    今までは昼食後にウオーキングに、
    出かけていましたが、暑くなったので、
    朝の時間に変更しました。

    私は一年を通じて、
    毎朝6時に起きますので、
    朝食後に出かける夏場ウオークは、
    AM7時前後に家を出て、
    運動公園一周1,3キロを2周して帰ります。
    (約1時間弱)





    イメージ 1
    先日、オミナエシが咲いていました




    ・思えば、昨年の今ごろ、
    今履いてる靴を買ったのでしたが、
    最近、靴底がずいぶんとすり減り、
    深かった溝が消えて平坦になっていて、
    新調しないといけないな!と思っています。

    わたしは、
    ノートに簡単な家計簿を書いていますが、
    その隅っこに「今日の歩数」もついでに書いています。

    この猛暑の夏場、
    6月半ばから今日まで、
    雨だったり朝から出かけたりをのぞいて、
    ほとんど毎朝、5~6千歩と記されていて、
    「靴も音をあげるハズ!」
    と。

    夫(おっちゃん)に昨夜、
    このことを告げると、あらら~~

    「安物買うからじゃっ!」

    とぬかすのでございます

    「じゃあ、靴底がすり減らない、
    高価なウオーキングシューズ買ってくれます?」

    というと、

    「なんでワシが買わなあかんねん!
    自分で買え~~」

    ですと

    なので、
    近いうちに自分で、
    めっちゃ高価なウオーキングシューズ買います

    スポーツ屋さんの広告、
    丹念にチェックして・・




                


    0 0
  • 08/30/18--17:44: 夏休み

  • (文中の「私」は田辺聖子さんです)




    イメージ 1




    ・昔の大人というものは、
    ずいぶん理不尽だと子供心に思った。

    子供たちが何か粗相をしでかすと、
    (茶碗を割るとか、墨をタタミにこぼすとか・・)
    たちまち目から火が出るほど叱られる。

    こっぴどくどやされる。

    それなのに、
    同じことを自分自身がやると、
    「ほい、失敗(しも)た」
    軽く言い捨てるのみ。

    時にはわが失敗を、
    自分で笑ったりしている。

    不公平ではないかと、
    子供は不満に堪えないが、
    子供は表現力が育っていないから、
    憤まんをうったえるすべはない。

    そうやって、
    大人の理不尽に堪えるのも、
    大切な社会勉強なのである。



            



    ・大人はまた、
    前言をひるがえす名人であり、
    白を黒といいくるめる奸智に長けている。

    子供がその矛盾をつくと、
    「やかましいっ。
    子供が生意気いうなっ。
    ガキのくせにでしゃばるなっ」
    全く見当外れな怒り方。

    声のボリュームをあげることで、
    論理的欠陥を埋め合わせしようとする。

    女親だとて同じ。

    よって子供は、
    世の不条理を責めるだけでは、
    事態の解決にならないことを学ぶのである。

    しかし昔の大人は、
    無茶なだけではない。

    子供が本当に悪いことをした、
    とする。

    大人は許してくれない。
    「そんなことしてると、
    今に巡査ハン、くくりに来はるぞ。
    手ぇ後ろに回るようになるんじゃ」

    子供が泣いて謝るのに、
    親はまだ猛々しく言いつのる。

    そこへ必ず、
    おばあちゃんが、
    家に年寄りのいないところは、
    隣のおばちゃんが現れ、

    「もう、しまへん。
    もう、しまへんよって、
    堪忍しとくなはれ」

    子供のセリフを代弁してくれるばかりか、
    昔の女はたちが着物の腰につけていた、
    前だれに子供を抱き取ってくれる。

    おばちゃんの腰は暖かいのである。

    おばあちゃんやおばちゃんに言わせて、
    子供は泣きながら、
    うなずいていればいい。

    こういう人が、
    昔の家庭には必ずいた。



            



    ・それは女だけではなく、
    おじいちゃんも隣のおっちゃんも、
    買って出てくれた。

    だから子供は、
    叱られてもイキがつけた。

    追いつめられない安堵と共に。

    「もう、悪いことはするまいぞ」
    と、自分に誓う気になるのであった。

    こういう思い出は、
    私にあっては、
    なぜか夏休みのことなのである。




                




    ・そういえば、
    今日は8月31日、
    わたしやわたしの子育て時代は、
    今日が夏休みの終りの日でした。

    今は「ゆとり教育」の取り戻しとか、
    災害で休校になった日々を取り戻す目的で、
    もっと早く2学期が始まる学校も多いようですが・・

    夏休みの思い出といえば、
    まさに今日まで続いた「ラジオ体操」です。

    旅へ出るときも子供は出席カード持参で、
    旅先で出席ハンコもらうのもありでしたので、

    皆勤賞に文具をもらったりしてました。


    夏休みのラジオ体操会場には、
    毎年新入りの子供が数日いたのも思い出します。

    係りの大人は、
    彼らのカードにもハンコを押していました。

    それと「夏の全国高校野球」

    高校の野球部全国に数多くあれど、
    一敗もしないのはただ一校のみ。

    泣いても笑っても頂点に立つのは一つ!
    というのが毎年の思い出でした。


    ~~~


    ・それと、
    上のエッセイ中の、
    「悪いことすると、巡査はんくくりにくる」
    という叱り方は責任転嫁のようで、
    あまりよろしくないのでは?
    と思うのです。

    今でも、
    スーパーなどで、
    小さい子供が走り回ったりしていると、
    「そんなことするとお店のおっちゃんに怒られるよ」
    という叱り方も聞いていて「ハテ?」
    と思うものです。

    巡査はんやお店のおっちゃんが、
    くくりにきたり怒ったりしなかったら、
    やってもいいのか!になります。

    なので、
    「なぜ、悪いのか」を、
    しっかり教えることこそと思います。

    怒られた時に、
    フォローしてくれる人がいたのといないのとでは、
    人間形成も大きく違ってくるように思われます。





                



    0 0
  • 08/31/18--17:23: 内科へ

  • ・先日の水曜日、
    わたしは血圧測定とゆる~い導眠剤を、
    処方してもらうために近所の内科医院へ行ってきました。

    残暑がきつい日でしたので、
    夫(おっちゃん)が車を出してくれました。

    たいてい待ち時間が1時間前後はあるので、
    おっちゃんは朝刊を持参、
    車中で読もうとして、
    ですが、

    医院に着くと、
    「えっ!休診なん?」な感じで、
    駐車場は一台の車もなし!

    しかし、
    玄関は開いています。

    午前10時半過ぎでしたが、
    あまりの暑さに人々は家にひきこもった感じでした。

    受付で、
    診察券を渡すとすぐに診察室へ呼び入れてくれ、
    血圧測定も、120~70と良好で、
    先生は、
    「いうことなしですが、
    よく運動だけはしなさいね」
    で終了。

    ここは院内処方なので、
    待合室へ出ると、
    投薬と支払いもすぐに済み、
    この間、10分ほど・・

    医院を出て行くと、
    新聞広げてたおっちゃん、
    「もう、終わったんかい」とビックリ

    こんなの初めてでした。





    イメージ 1
    庭のキリシマツツジの根元に、
    植えた覚えのないヤブランが開花。
    小鳥のおみやげでしょうか?




    ・内科検診の日は、
    いつもお昼がずれこむのですが、
    この日は予想外に早く終わってお昼前に帰宅。

    室内温度は30℃超え・・
    閉めきっていたので、
    熱気がこもって、
    息苦しいほど。

    「命にかかわる暑さ」と、
    ニュースが再三伝えているので、
    早速、冷房を入れて、
    部屋を冷やします。





    イメージ 2
    上に見える丸いフタの下は古井戸



    ・朝夕の日がかげったころを見計らって、
    少しずつ庭の草取りをしていますが、
    ちょっとサボると、
    すぐジャングル状態に。

    雑草は強いです。

    それに最近は雨が少ないので、
    庭木にもホースで水やりをするので、
    雑草もよく育って~~

    その雨ですが、
    今朝は久しぶりに9月の雨になりましたが、
    今は止んでいます。

    あらら、薄日もさして、
    また暑くなるのでしょうか




                


    0 0
  • 09/02/18--17:47: 日本の後家

  • (文中の「私」は田辺聖子さんです)




    イメージ 1
    知ってました?夾竹桃の花には毒があることを・・
    (下線部クリックでウィキぺディアへ)




    ・今夜の飲み仲間の男性は、
    昭和党のみ。

    対する女性は、
    老母と私とアシスタント嬢である。

    今夜は、
    鯛の塩焼き、
    胡瓜と穴子の酢の物、
    いろいろあれど絶品は、
    アシスタント嬢が作ってくれた、
    鯛のあらの潮汁。

    これを私がやると、
    生臭くなってダメだが、
    彼女の作ったのは美味だ。

    「うん、確かにうまい。
    料理が巧うて、
    仕事が出来るなんて、
    文武両道の達人やなあ」

    昭和党もひと口すすって、
    感じ入る。

    あらを塩で煮たお汁(つゆ)が、
    なんでそんなにおいしいの?と、
    知らない人は思うかもしれないが、
    これが玄妙なる魚の味のすごいところ。



            



    ・「あんた、
    女はみな文武両道ですよ」

    大正の女学生たる老母は、
    古風なコトバが出ると活気づく。

    「何しろ、あたしらの世代の男は、
    戦死したり病死したりしたのが多かった。
    後家さんが頑張って家を守って、
    子供を育てたんですよ。
    家のこと見て、
    外で働いてお金を稼いでくる。
    後家が頑張ればこそ、
    戦後の日本は支えられたんや」

    気炎、当たるべからずという老母に、
    昭和党もうなずき、

    「そうです、いやほんま」

    手酌しつつ、

    「ウチの親父も、
    戦死こそしまへんでしたが、
    家は空襲で焼けるは、
    戦後、商売も立ちゆかんようになって、
    ぼけ~~っと、毎日腑抜けみたいになって、
    フトンかぶって寝てましたデ」

    「あ、それそれ」

    と老母。

    「亭主がアテにならへんさかい、
    オナゴが働き出した」

    「ウチのお袋も、
    かつぎ屋するわ、
    焼け残りの着物を、
    ヤミ市で売ってくるわ、
    死にもの狂いで働いてくれた。
    ぼくらもお袋と殺人列車に乗って、
    よう米の買い出しに行ったもんですわ」



            



    ・しみじみ述懐派の昭和党に比べ、
    老母の気炎はますますあがる。

    「あの頃の女で、
    ぼけ~~っとしている女なんか、
    いやへんかった。
    良家(ええし)の奥さんも、
    貧乏人のおばちゃんも、
    みなまっ黒になって働いた。
    日本のオトコはアテにならんと、
    骨身にこたえましたわいな。
    文武両道どころやない、
    後家に非ずんば人に非ず、
    というて欲し!」

    「お母さま、もうその辺で・・」

    アシスタント嬢はハラハラする。

    「昂奮して、
    のぼせられたら大変です。
    もう一ぱい、
    熱い潮汁いかがですか?」

    老母は耳にも入れず、

    「みなさい、
    ここにいるのはみな後家や。
    あたしゃ長いこと後家で“長後家”
    セイコも・・」

    私は口をはさむ。

    「とりあえず、
    只今は後家というところ、“今後家”」

    「○○(アシスタント嬢の名)ちゃんは?」
    と老母。

    彼女はツンとして、

    「あたくしは現役バリバリの、
    シングルでございますわ」

    「“嫁かず後家”
    いうことやないかいな」

    私たちは、
    後家軍団というkとになった。




                



    ・わたしの小学校時代には、
    上級生の中に父親が戦死された人が数名いました。

    同級生でも、
    中学~高校と進むに従って、
    病気で亡くなられる父親もいました。

    わたしの知る限り、
    戦死や病死された父親を持つ、
    知人・友人たちの母親たちが再婚されたとは、
    ついに聞いたことはなかったです。

    当時の母親たちは女手一つで、
    義父母や夫の義弟義妹たちと同居し、
    子供を育ててきた時代だったように思います。

    ところが今は~~

    何年か前、
    わたしがまだ現役で働いていたころ、
    幼児教育の現場で働く友人に聞いたことがあります。

    「クラスの子供の姓がコロコロ変わるのよ」

    最初、何を言ってるのか意味不明でしたが、
    よくよく話を聞くと、
    母親が離婚・再婚をくりかえすそうで、
    子供の姓が変わるとのことで、
    驚いたことを思い出しました。

    子供の様子が沈んでいくさまは、
    見ていても辛かった!と。

    それだけ女の人にも、
    自由ができたことを喜ばないと、
    という気持ちと、
    子供の気持ちを考えると、
    複雑でした

    一人で頑張れ!
    とは絶対思いませんが、
    あまりにも簡単に別れてしまうのは・・

    昔の女の人は自由はなかったかもしれないけど、
    強かったと今さらながら思われます。


    ~~~


    ・それと前回、
    子供の叱り方でわたしの考えを記しましたが、
    子供とお金の関係でも思い出したことがあります。

    子育て時代、
    試験で〇点とれたら何円、
    ○点以下だったらお小遣いなし、
    という母親がいました。

    でないと勉強しないから、
    ということでしたが、
    わたしには出来ないことでした。

    お金は大事です。
    その意味もしっかり教えていくことこそ!
    と思っています。

    わたしも息子への金銭感覚について、
    大きな後悔があります。

    友だちが自分で自由に使えるお金を持ってることに、
    息子が気付いたのは小学校高学年になってからで、
    それまでは「お金って何?」みたいできたのは、
    親の責任かも?

    お年玉もみな、
    わたしが無理強いして取り上げたのではなく、
    欲しいものはお母さんが買ってくれる、
    という気持ちでいたので、
    息子から私に「持っていて!」
    とわたしに渡したのでした。

    もっと早くに金銭感覚を、
    植えつけておけばよかったと、
    後悔中です。



                


    0 0
  • 09/03/18--17:54: また台風直撃~~

  • ・先月末に、
    四国の徳島へ上陸後、
    瀬戸内を超えて姫路市付近に、
    再上陸した台風20号ですが・・

    今度は21号がおんなじコースをたどって、
    今日の午後から夕方にかけて当地を通過するとのこと。




    台風画像




    ・当地は現在、
    9月4日午前10時前です。

    午前8時に四国沖に中心のある、
    20号より強い21号台風はスピードをあげて、
    今夕には日本海へ抜けるということです。


    ~~~


    ・昨日は庭の植木鉢や、
    飛ばされてはいけないものを、
    全部室内へ取り込み、
    雨戸も閉めて、
    でしたが、
    今朝など、
    「ほんまに台風来るの?」
    みたいな青空が広がり、
    雨も風も全くなし!

    21号はスピードアップしているようなので、
    近づくとアッという間に暴風雨圏内に入るそうです。

    なんだか珍客さんをお迎えする気分で、
    雨戸を締め切った暗い部屋で、
    電気をつけてPCに向かっています。

    上の地図を見れば、
    台風の中心のど真ん中のコース上に、
    うちはあります

    どうか大きな被害を出さずに、
    通過してほしいと、
    願うのみです。




                


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  • 09/05/18--18:09: 鎧 Ⅱ

  • (文中の「私」は田辺聖子さんです)




    イメージ 1




    ・9月というのに、
    まだ朝顔の花が2つ3つ咲いている。

    赤紫と白の中輪、
    色鮮やかである。

    今年、
    私は仕事部屋の窓に、
    青いネットを張ってもらい、
    朝顔や風船かずらを這わせたので、
    目の楽しみが増えた。

    いや~~何かと人生は、
    楽しめるもんだ。

    なんて喜んでいると、
    冥土(あっち)へいったおっちゃんが、
    ひがむかもしれない。

    「それもエエが、
    こっちへはいつ来るのや?
    予定だけでも、
    聞かしてもらわれへんやろか」

    ここで大阪人なら、
    きっとこう付け加えるだろう。

    「ま、急いて急かんこっちゃけどな」

    急いて急かぬ、
    急ぐようで急ぎませんが、
    というのだから、
    ではゆっくりでいいのか、
    というとこれが違う。

    出来る限り急いでくれ、
    という下心の婉曲表現なのである。



            



    ・大阪弁はややこしい。

    まあ、おっちゃんは、
    大阪ネイティブではないから、
    そんな語法は使わないだろうが・・

    何にせよ、
    冥土(あっち)なんて、
    急いて行くとこ違うやないか。

    そしておっちゃんも、
    「ホンマはその通り」
    というに違いない。

    なにしろ、
    「ま、こんなトコやな」
    で起っていった御仁であるから。

    そういえばもう一つ、
    彼の口ぐせがあった。

    「それがナンボのもんじゃ」
    というのだ。

    私が自慢したり、
    しょげ返ったりしていると、
    おっちゃんはそういう。

    なぐさめ励ましであり、
    茶々を入れて冷やかすことにもなる。

    無芸無才にして、
    ただこの二語を遺す。



            



    ・私は前に、
    木曽義仲と部下の今井四郎の話を書いた。
    (鎧)

    部下で乳兄弟で、
    無二の親友であった四郎に向かい、
    義仲は率直な弱音を吐く。

    負け戦の果て、
    主従二騎になってしまった。

    「普段は何とも思わぬ鎧が、
    今は重くなったぞ、四郎」

    四郎は叱りつける。

    「気おくれされたか、
    私一人おれば武者千騎と思いなされ」

    これは、
    「それがナンボのもんじゃ」
    という激励であろう。

    しかし義仲は討たれてしまう。

    その勝ち名乗りを聞き、四郎は、
    「今は誰を庇おうとて戦うのだ」と。

    これも壮絶な自害をとげる。

    これはいわば、
    「ま、こんなトコやな」
    の感慨であろう。

    現代人は孤独だから、
    四郎のような契り深き友は、
    持たぬ人が多い。

    「鎧が重い」と、
    一人ごちては、
    「それがナンボのもんじゃ」と、
    自分で自分を励まし、
    「今は誰を庇おうとて戦うのだ」と、
    自省して、
    「ま、こんなトコやな」と、
    一人で諦観し、
    一人で納得するのかもしれぬ。

    されば私も、
    「ま、こんなトコやな」で、
    筆を置こう。



    (「なにわの夕なぎ」  朝日新聞社 2006年)



                




    ・夏のはじめに、
    東の窓辺に「緑のカーテン」として、
    わたしは3株の西洋朝顔を植えました。

    猛暑のこととて、
    大きな葉っぱが部屋が薄暗くなるほど茂って、
    上の写真にあるような青色の花を、
    毎朝10~20は咲かせてくれ、
    楽しませてくれました。

    夏も終わろうとする、
    8月下旬から先日4日にかけて、
    台風が続けて2つも当地を襲いましたが、
    朝顔の鉢はネットとセットになっており、
    窓枠から外せずに様子見でした。

    しかし彼ら(彼女ら)は、
    2つの台風にも立派に耐えてくれました

    さすがに今は、
    花の数は少なくなり、
    大きい葉っぱも黄色くなって次々と落ちていき、
    新しく出る葉っぱは小さいものばかり、
    季節が移っていくのを、
    実感します。

    今朝はほんとに数か月ぶりで、
    窓を開けずに過ごしています。

    猛暑の夏の朝は、
    まずは窓を開けることからでした。

    入ってくる風も熱風でしたが、
    やはり空気の入れ替えは必要。

    お昼前からは冷房の出番・・
    ほぼ毎日でしたが、
    電気料金、恐ろし
    でしたが、
    昨年とあまり変わらずでホッとしています。

    2つの台風は共に、
    室戸岬から大阪湾へのコースをとり、
    以前、同じコースをとった台風も、
    甚大な被害を出したとのこと。

    第一室戸台風、第二室戸台風と、
    過去の映像が流されているのを見ますと、
    これは第三室戸台風?

    まだ台風被害が明らかにされていない今朝、
    北海道で大地震発生・・

    どうなってしまうのでしょうか、日本は
    「こんなトコやな」では終わりそうもありません。




                




    0 0
  • 09/06/18--17:32: 今日は9月7日

  • ・タイトルの7日は、
    わたしの母の月命日です。

    ウチの檀家寺は、
    ご近所にある浄土真宗西本願寺派の末寺で、
    春、秋のお彼岸やお盆は、
    「ほっとけさん」で来られませんが、
    毎月の月命日にはお参りに来られます。





    イメージ 1
    台風一過の翌朝(5日)の空
    しかし翌々日(6日)の未明には北海道で大地震発災・・




    ・大きなつめ跡を各所に残して、
    北へ去った台風21号ですが 舌の根の乾かぬ間に、
    今度は北海道で震度7の大地震が・・

    なんと今年は自然災害が多いこと


    ~~~


    ・そのお世話になっている、
    檀家寺のご住職さんですが、
    今年の6月に突然亡くなられました。

    思えば長患いされたわけでもなく、
    この冬の寒い間はずっと、
    お参りにきてくださっていたのです。

    春先からは、
    ご住職の奥さまや息子さんが、
    お参りに来られるようになり、
    「どうもご住職さん体調が悪いみたいね」と、
    ご近所仲間で言い合っていました。

    6月の突然の訃報に、
    みんな驚くとともに「やっぱり!」
    という妙な納得感がありました。

    お葬式で、
    喪主を務められた息子さんいわく、
    病名は「すい臓ガン」だったとのことでした。

    母が同じ病で逝っていますので、
    怖い病なのだなあ!
    と・・・

    そして、
    今朝は奥さんがお参りされて、
    いくいくは息子さんがご住職になられるのですが、
    今は別の勤めをされているので、
    きれいに退いてから、
    ということに。

    お葬式のあった6月、翌月の7月は、
    お休みさせていただくお知らせがあり、
    8月から再開されました。

    今朝、
    奥さんがお帰りになるとき、

    「お淋しくなられましたけど、
    お体に気を付けて無理をなさらないように」

    といいましたら、

    「いえ、こうして、
    各檀家さんの月参りをさせていただくのは、
    私の気分転換にもなっております。
    息子ともども、今後ともよろしく」

    しっかりとしたお返事でした。

    今は雨が降っています




                


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  • 09/08/18--16:57: 「残花亭日歴」  1

  • (文中の「私」は田辺聖子さんです)




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    ボーチェラカ

    前回までは、
    ご主人亡きあとのエッセイでしたが、
    今日からはご主人が亡くなられるまでの日記の抜粋です。
    ご主人は有名な「カモカのおっちゃん」

    (2001年6月~2002年3月)




    ・6月2日(土)

    暑いせいか、
    パパはあまり機嫌よくなく、
    一日中テレビの前に坐っている。

    母は昼寝ばかり。
    老いると赤子に戻るのかもしれない。

    しかし起きているときは、
    元気なんてものじゃなく、
    ちょっと新聞を持って行くのが遅れると、

    「この家には、
    新聞というものはないのですか」

    と皮肉をいい、
    老眼鏡をかけて、
    更に大きい天眼鏡をふりかざして、
    “社説”なんて呼んでる。
    かわいくない。

    庭の鉄線、紫と白ともに咲く。

    今日、植木屋さんが入り、
    お隣との境のヒマラヤ杉を、
    短く刈り込んでくれた。


             


    ・6月4日(月)

    京都日航ホテルで講演。
    「源氏物語の魅力」
    このタイトルで各所で話しているが、
    少しずつ内容は変えているものの、
    要は「源氏物語」のすごさである。

    千年前に、
    こんな近代的小説が、
    女流の手に成ったということは、
    信じられない。

    以後の日本文化の原型を形作り、
    日本文学をリードしてきた。

    圧倒的な存在感、
    民族の財産である。

    300人あまりの聴衆が、
    1時間半ものあいだ熱心に聞いて下さる。


             


    ・6月5日(火)

    パパは少し足にむくみが出て、
    やや熱あり、みんなで、
    お医者さんに来て頂こうかと相談し、
    パパにいうと、
    「うっせえ、やかましい」
    というからやめた。

    それに今日は火曜日、
    訪問看護師さんが来てくださる日だ。

    若い看護師さんは、
    パパの熱をはかり、
    「もう平熱ですから心配ないでしょう、
    血圧も正常です」
    などと報告してくださる。

    パパと看護師さんの対話。
    「あんた、べっぴんやなあ」
    「いや~~、そんなこと、ゴマすりでしょ」
    「うん、ちょっとだけ、な」


          


    ・6月6日(水)

    今日からパパはショートスティ。

    迎えの車、福祉施設の車は、
    後部が開いて車椅子を持ち上げ、
    そのまま車内にすべりこませるようにできていて、
    いじらしくもかしこげなキカイである。

    「行ってらっしゃい」と、
    みんなで手を振るが、
    黒いガラスの向こうのパパはよく見えない。

    しかし嫌がらずに行くから助かる。

    午後から読売新聞から、
    川柳についての取材。

    大阪の川柳について、
    <大阪は よいところなり 橋の雨>
    (岸本水府)

    <道頓堀 帰るに惜しい 時間なり>
    (篠村力好)

    プロの川柳作家は、
    言葉の配置や音の流れに、
    デリケートな注意を払うから調べが美しい。

    よくあるサラ川(サラリーマン川柳)や、
    投稿川柳の我流句は、
    ゴツゴツしていて、
    覚えられない。

    これは素人の句の特徴で、
    ちょっと先達について勉強すると、
    調べが変わってくるようだけど・・

    でも私は実作はしない。

    <気張らんと まあぼちぼちに いきまひょか>
    が、唯一の作品。

    「大阪は~」「道頓堀~」
    の句のように帰るに惜しいと、
    市民に思わせるような魅力的な街に、
    なってほしい。



                




    ・最近読むエッセー本は、
    ネットで買った古本によります。

    書店でインクの匂いに包まれながら、
    文庫本を漁った昔はもう帰らない、
    今はポチするだけで、
    読みたい古本が、
    届きます

    この本も、
    田辺さんが、
    家族(夫)が病に倒れられて、
    仕事をされながらの半年間を詳しく記していられるので、
    わたしとは全く同じようにといかないまでも参考になるのでは?
    と興味深くページを開けました。


    ~~~


    ・大阪は上記の川柳になるような、
    魅力的な街になってほしい、
    という田辺さんの願い。

    実は、
    去る9月2日(日)の読売新聞の朝刊31面に、
    掲載された記事を抜粋しますと、

    <英国の有力紙、
    「エコノミスト」の調査部が8月に発表した、
    「世界で最も住みやすい都市」ランキングで、
    大阪が過去最高の3位を獲得した>

    とありました。

    交通の利便性や治安の向上が評価され、
    前年14位からランクアップ。

    ちなみにトップ10は、

    ①ウィーン  ②メルボルン   ③大阪   ④カルガリー   ⑤シドニー
    ⑥バンクーバー   ⑦東京   ⑧トロント   ⑨コペンハーゲン   ⑩アデレード



    でしたが、
    アメリカの都市が一つも入っていません。

    10の都市名の国名が全部わかる人は
    すばらしいです

    田辺さん、よかったですね。

    といいたいところですが、
    当の大阪市民は、
    「ピンとこない」
    そうです。


    確かにこの記事が掲載された前後には、
    8月末に拘置所から脱走した犯人はいまだ捕まらず、
    台風21号がもたらした被害で、
    交通の要所である、
    関空が冠水。

    関空は海上空港。

    連絡橋にはタンカーが暴風で激突し、
    両側ある道路の片方と下を走る、
    線路を破壊しました

    交通の利便性、
    これは天災によるものですが、
    治安は、といえばはなはだ心もとないことです・・





                


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  • 09/09/18--17:29: 秋雨前線活発

  • ・台風21号(4日)が去ったあと、
    翌日の5日(水)は猛暑からやや解放されて、
    ラッキーな気分で公園ウオーク再開したのですが、
    5(水)~6(木)と2日続けた後は、
    今日まで雨ばかり・・・

    すなわち7日(金)から今日10日(月)まで、
    連続4日間休んでいます。

    金~土曜日は雨の止む間もあったのですが、
    昨日の日曜日はまさに一日中土砂降り、
    そして今日の月曜日も、
    警報が出ていて、
    学校はお休み。






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    先週木曜日の朝、
    花ちゃんと入れ替わりに公園へ




    ・17才と4か月を過ぎた花子は、
    朝夕、お父さんとヨタヨタと近所を歩いてきます。

    涼しくなったせいか、
    花子はやや元気を取り戻したので、
    今のところ介護ハーネスの出番なしです。

    「お帰り」とあたまを撫でてから、
    わたしは公園へ。


    ~~~


    ・朝7時過ぎの公園のジョギングコースは、
    早朝に来られる人たちが、
    ジョギング、ウオークを終えて、
    帰られたころなので、
    ほとんど人影なし。

    午前7時より少し早めだと、
    多くの方々がコース上に散らばっていて、
    追い越されたり追い抜かれたり、
    (一緒ですが・・)

    やっぱり一人がいい

    猛暑の7~8月は、
    帰ると全身汗みずくで、
    あたまから水をかぶったみたい。

    が、この日は汗もそんなにかかずに、
    全部着替えることもなく、
    季節が移っていくのを感じたものです。

    そして、
    今も音を立てて雨が降っていて、
    室温は25℃で半袖では涼しいくらいです。

    暑さも突然やってきましたが、
    涼しさもある日突然に。

    「暑さ 寒さも彼岸まで」
    と言われますが、
    早いなあ

    あんなに忌み嫌った猛暑の日々が、
    今では懐かしく思い出されます。

    人間って勝手なものです~~




                


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  • 09/11/18--16:56: 「残花亭日瀝」  2

  • (文中の「私」は田辺聖子さんです)




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    ・6月7日(木)

    今日は東京のテレビ朝日の方が来宅、
    「徹子の部屋」の出演につき、
    打ち合わせ。


        


    ・6月15日(金)

    大阪のリーガロイヤルホテルで、
    月例の古典講演、
    「古典の楽しみ」3回目を話に行く。

    もう5年になる。

    でも自分で決めたのだから、
    「しゃーないやん」


        


    ・6月16日(土)

    昨日リーガロイヤルホテルの、
    月例講演会のとき、
    いつも会場入り口に、
    私の著書(本)を並べてくれる、
    本屋さんの台が見えず、
    煙のごとくかき消えたという感じで、
    そこのスペースがポカッと空いている。

    「本屋さん、店閉めたらしいです、倒産とかで。
    私も存じませんで・・」

    とホテルの係りの人はいい、
    本屋の倒産はよく聞くけど、
    ホテルに入ってる本屋さんまでとは、と驚く。

    新しい店を早く手配してください、
    とホテル側に頼む。

    係りの人が今日になって知ったとは、
    どういうことなのか。

    なんだか世の中の釘がゆるみ、
    タガがはずれかかっている感じ。

    今日も聴衆のあたたかい親和感が、
    私を打ってくる。

    身じろぎもせず、
    聞き入ってくれる人って好き。


    ~~~


    ・私はできるったけ、
    老母・夫とともに夕食を摂るようにしている。

    96の老母とあとどのくらいいられるか、
    わからないので。

    もちろん老少不定、
    私のほうが「お先に」ということもあるが。

    灯りのきらめき始めた街を車は走り、
    「ただいま!」という間もなく、夕食。

    ミドちゃん(アシスタント嬢の名)も一緒にというのは、
    椅子に坐ったパパの姿勢を変えるとき、
    私一人では難儀なため。

    尤も、午後8時からは、
    夜勤のパート夫人が来てくれるけれど、
    それまでは私が面倒見ないといけない。

    明後日の東京ゆきまでに、
    書く仕事やその他いろいろあるけれど、
    老母と壊れかかっている人(パパのこと)相手に、
    仕事の愚痴をいっても始まらない。

    今夜の献立は、

    。五目豆(我が家で炊いたもの)
    。鮎の塩焼き
    。冷や奴
    。タコ酢
    。焼きナス

    という夏らしいもの。

    これにハモの照り焼きと、
    そうめんが加わると、
    即、大阪は天満の天神サンの、
    夏祭りの献立になる。

    そんな話をしたり、
    鮎のおいしい揖保川の支流の側にある、
    私の持ってる山小屋の話になった。

    食事中に、
    テレビをつける習慣はないので、
    私たちは工夫して、
    老母やパパを会話に引き入れようと試みる。

    老母はよくしゃべるが、
    パパは無口。

    しかし、
    時々突っ込みを入れる。

    「今日は楽しかったけど、えらかったナ」

    と私がいうと、
    彼は重い口を開き、

    「芸ある猿はえらい目、
    するようになっとるんじゃ」

    「あたいは猿かい?」

    「芸は身を助く、は間違いじゃ。
    芸は身を滅ぼす。
    無芸大食というが、
    無芸長生きこそ最高や」

    「わっかりましたぁ」

    「以後、気ぃつけい」

    みんなわっさり笑って、
    よく箸がすすむ。

    団らんといい、
    家庭運営も馬鹿ではできないのだ。


        


    ・6月18日(月)

    東京ゆきの日、
    近くに住む妹が母を連れて帰ってくれる。

    持って帰ったというほうが適切。

    車内にちょこんと坐らされた母は、
    それほどカサが低い。

    パパのほうは、
    昼と夜 付き添いの人が、
    バトンタッチでお守りしますとのことで、
    置いてゆく。

    ミドちゃんと午前出発。

    5月に「源氏物語」の講演に、
    ロサンゼルスへ行った話を私はした。

    その時に知った現地の歌人のお歌。

    <星条旗 見上げる我は 今日市民
    されど心は 白地に赤く>

    「私、涙が出ました」
    というと年配の人たちは深くうなずく。

    日の丸や君が代に、
    さまざまな議論はある。

    終戦後に生まれた人は、
    日の丸・君が代に思い入れはないのはわかる。

    ただ私としては、
    日の丸に悪いイメージがあるのなら、
    それを善い方へ転ずるように、
    務めたらいいのではないか、
    と思っている。

    国旗、国歌なんて、
    やたら変えるものではない。

    その国の歴史の消長のうちに、
    さまざまな色に染められていくのは、
    免れがたいが超党派的に、
    中心に据えておかねば、
    という思いがある。


        


    ・6月19日(火)

    昼食後、
    六本木のテレビ朝日へ。

    2時過ぎ録画。

    「徹子の部屋」
    ここでの出演は3回目。

    久しぶりの旧友に会った感じで、
    楽しくしゃべれた。

    急ぎ、ミドちゃんと東京駅へ。
    多忙な月。



                



    ・読み進めるうちに、
    告知を受けた病気の人に、
    どう対処するか?

    この問題について、
    わたしは母の時に経験しているので、
    (親と夫婦、作家と庶民では全く違うでしょうが、
    人間として根幹は同じではないかと)
    感極まって涙があふれる箇所もありました。

    親も夫婦も共住みしてきたという、
    過去は一緒だと思います。


    ~~~


    ・書店の倒産、閉店は、
    ある時期なだれをうったように続きました。

    現役で働いていたころ、
    商店街には数件の書店があって、
    店先で文庫本(単行本はパス)を、
    田辺さん、横溝さんと探して、
    当時はワンコイン以下で買えましたから、
    当時に買った本は今も健在です。

    母が体調を崩して、
    仕事を辞めて家にいだしたころが、
    倒産、閉店の時期に重なります。

    なので、
    それ以降は新刊本を買うこともなくなり、
    今、こうして当時の新刊本である(今は古本)本を、
    ネットで買うようになりました。

    本屋さんの倒産、閉店もよくわかります。
    通勤の移動時間が主な読書時間だったので、
    バッグに入る持ち運び便利な、
    文庫本が主でした。
    (お安いし

    それと、
    今は国旗・国歌は、
    オリンピックやスポーツの国際大会で、
    日本の選手の成績がよいので、
    「白地に赤く」も「君が代」も、
    普通になったかな、
    と思います・・

    先日はテニスで、
    初の四大大会優勝者・大坂なおみ選手が出て、
    日の丸を見た時心から拍手でした。




                


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  • 09/12/18--21:50: 美容院へ


  • ・先日の日曜日の夕方、
    お孫がお母さんと一緒に、
    お孫の通う園で、
    「おじいちゃん、おばあちゃんと遊びましょ」
    という行事があるので、
    参加していただけませんか?
    というお知らせを持ってきました。


    お母さんの実家からということで、
    立派な梨も一緒に・・





    イメージ 1
    片手で持てないくらい大きい梨




    ・せっかくなので、
    「おじいちゃんと2人で参加させて頂きます」
    とお返事してから、
    「アッ!」と気付いたわたし。

    それは、
    7月に行ったきりの美容院。

    猛暑の夏はひたすら帽子で、
    髪を隠し通していた日々。

    あたまの毛は、
    伸び放題、
    白髪も増えて、
    これはアカンやろ!

    今、行きつけの美容院は、
    完全予約制。

    即、電話連絡をすると、
    今日の午前9時からだとです、
    とのお返事をもらったので、
    朝から出かけてきました。

    ご夫婦2人できりもりされている、
    小さなかわいい美容室。

    耳の下でボブカット(別名・おかっぱ頭)にしてもらい、
    白髪が目立ちにくいような、
    いつもの明るめの栗色に、
    カラーリング。

    これで帽子で髪を隠さずに済みそうです。

    開き直って自然体で!と思わぬでもありませんが、
    どこかに「ええかっこし!」の心が、
    まだ残ってるようです。




                


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  • 09/14/18--21:56: 「残花亭日瀝」  3

  • (文中の「私」は田辺聖子さんです)




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    ・7月5日(木)

    昨日、みんなで書いた七夕の短冊を、
    朝、見たら面白かった。

    小さい笹をお花屋さんから買ってきて、
    家族全員(ウチで働いてくれてる人も)、
    何かしら短冊に書いて結びつける。

    みんな字がうまい。

    真紅の短冊に筆ペンで、
    「タイガース 最下位だけはやめてよね おしず」
    おしずちゃんはタイガースファンである。

    「料理が上手になりますように ミナミ」
    グリーンのそれは台所を引き受けるミナミちゃん。

    「先生ご一家のご健康をお祈りして」
    はやっぱり家事もろもろの係りのヤナちゃん。

    「美しさを 健康を 愛を」
    これはアシスタント嬢のミドちゃん。

    あつかましい。
    名前にちなんでグリーンの短冊。


    「大先生 いつもください すてきなえがお おしず」
    これはパパの付き添いをしてくれてる、
    おしずちゃんの願いらしい。

    パパはみんなから笑顔よし、と思われ、
    いっぺんニコッとすると、
    「あ、笑った!笑われました!」
    なんてみんな大喜び。

    薩摩育ちの男は、「男は三年に片頬」、
    男というものむやみに笑うんじゃない、
    三年に片頬ぐらいでいいかげんだ、
    という教育を受けるというが、
    パパは奄美生まれだから、
    芯からの薩摩男ではなく、
    その上彼は、
    「笑いたいときに笑うわい」
    という気まま男、
    巣のまま生まれっぱなしという奴。


    私の短冊は、
    「みんな元気で ごはんがおいしい 聖子」
    という非文学的なもの。


    「いつまでも 思ひ出多い 七夕さま」
    「七夕さま みんな楽しく暮らしませう」
    は老母。

    旧仮名使い、
    しかも老母の字がいちばん様になり整っている。

    戦後の家の没落と父の死で、
    働きに働いた。

    私たちが社会人として独立し、
    やっと労働から解放された時、
    母が真っ先に始めたのは、
    書道と日本舞踊。

    踊りはともかく書道に打ち込み、
    町春草先生のお弟子さんの、
    そのまたお弟子さんに習って、
    田辺春芳の名を頂いたりしている。

    私はパパのために、
    「ゴルフをやること」と書き、
    彼の手をとって筆を持ち添え、
    「純夫」とサインさせた。

    それだけでやっとこさで、
    彼はまじまじしている。

    去年はまだ、
    自分で筆を持って書いたものだった。

    「スゴく 聖子よ 愛してゐるよ」

    みんなで去年のことをいうと、
    「忘れた。去年のこと覚えてられるか。
    昨日のことも覚えてないのに・・」

    ともあれ、
    一同の七色の短冊が、
    笹にヒラヒラまつわっているのは楽しい。


    ~~~


    私は結婚した時からすでに、
    4人の小中学生たちがいたから、
    毎年の年中行事に忠実であった。

    子供たちは私から見ると、
    そういうことに全く関心なく、
    育てられたらしかった。

    お正月はさておき、
    ひな祭り、
    五月の節句、
    七夕
    クリスマス
    誕生祝い
    一切無関心の野育ちであった。

    伝統の因習が鳥もちのようにからみついた、
    大阪下町の町人育ちからみると、
    かえってさわやかだった。


    この間、
    久しぶりにウチへ来た次男が、
    (もう40代のおっさんになっている)

    「クリスマスケーキのローソク、
    おひなさんのバラずし、
    おぼえてる」

    といった。

    それに私が夕食の支度の時、
    必ず着物で白い割烹着をつけていたことも、
    というのだ。

    私は、
    そのことを今まで忘れていた。

    私は、
    4人の子供たちを私の手に託された、と思った時、
    私の母がしていたようにしようと思ったのだ。

    にわか作りの母親にマニュアル本はなく、
    あるとすれば幼児体験の母の記憶だけだった。

    母が女中衆(おなごし)さんたち、姑、小姑たちと共に、
    大人数の家族・従業員たちのため、
    着物姿で立ち働いている後姿をみて、
    私は育った。

    それが母親のあるべき姿のように思い、
    私は夕方が来ると仕事のペンを置き、
    着物に着替え白い割烹着をつけて、
    台所に立った。

    材料は家政婦さんに買ってもらっている。

    その頃の家政婦さんは、
    4~5時くらいまでしかいてくれなかった。

    私は急いで野菜を炒めたり、
    肉を焼いたりするのだった。

    昭和40年代初め、
    私は週刊誌の連載、
    中間雑誌の短編、連作など、
    多忙だったけれど。

    しかしそれさえ、
    次男が思い出話をするまで、
    忘れていた、というのは・・・

    物書きとして雑ぱくというほかないわが性分。
    「昨日のことを覚えていない」
    という夫を嗤えない。

    しかし一面、
    過ぎしことを忘れるからこそ、
    今日まで元気に生きてこられた、
    という気もする。

    その上にもう一つ、
    私は苦労や悲愴感、
    自己憐憫の小説は書けない体質である。

    その方面は営業範囲ではないので、
    どんどん記憶から取り落としていくのかもしれない。

    結構、子供たちを叱ったり、
    あたふたさせられたりして苦労をした、
    思い出もあるのだが。





                




    ・今日の日記は長文だったので、
    一日分で終わり!

    わたしは、
    田辺さんの小説・エッセイの、
    多くは文庫本で持っていて、
    読んだつもりでいました

    ご主人の闘病中そして亡くなられて後の、
    作品はほとんど読んでいないことも、
    つい最近発見・・・

    今ではネットが役だって、
    当時の古本をお安くゲットできてうれしい!

    田辺さんにとって、
    ご主人とのお別れの時期が、
    まさしくわたしが実母との別れの時期と重なり、
    当時は「家族葬」などなくて、
    自宅で母の葬儀をやったものでした。

    当然、読書の余裕などなくなりました。

    喪主である夫や息子は、
    昼間は仕事でいなかったので、
    葬儀のあとの仏事はほとんどわたし一人で、
    妹に手伝ってもらいながら、
    7回忌までやっと、
    終わらせたのでした。

    それらが終わって、
    世間が鎮まってからは、
    しみじみと失ったものの偉大さに気づき、
    ぼ~~っとした日々を送っていたわたしです。

    そのころ、
    このヤフーブログを息子が開設してくれて、
    家にいながらコメントをやりとりできるようになり、
    淋しさをまぎらわすことができて、
    ほんとに感謝です


    そして今は、
    4人のお子さんのいる方と結婚された田辺さんが、
    ご主人との別れを記された本を読んでる自分に気づき、
    時間の流れの早さを改めて実感しています。




                


    0 0
  • 09/15/18--17:35: 金の湯へ

  • ・先週のある朝のこと、
    公園ウオークから帰って、
    汗をふきつつ着替えていると夫(おっちゃん)が、

    「今から有馬の金の湯へ行く!」
    というのです。

    いつものことながら急にいい出すので、
    ここで「ノー」とはいえない雰囲気。

    家から車で有馬温泉へ行くのは、
    千年水へ行くのと距離的には同じくらいですが、
    山道を北へ北へくねくね走るのと違って、
    阪神高速北神戸線を走るので、
    時間的には短いかなあ・・





    イメージ 1




    ・午前10時過ぎ、目的地へ到着。
    台風の影響でしょうか?
    平日とはいえ、
    あまりにも人影少なかったです。

    関空閉鎖の影響が大きいのでしょうね。

    前回来た時は、
    コロコロのついた大きなカバンを、
    ひきながら歩く外国の方を多く見ました。





    イメージ 2




    ・無人の出入り口を悠々と撮影できました。

    喜んでいいのか悲しんでいいのか・・
    ではあります。

    そして受付では、
    「今日は一ヵ月に一回の半額ディです!」
    と呼び込み中で、
    ラッキーなことに入湯料は半額なのでした。

    受付を済ませてロッカーキーを受け取り、
    湯殿のある2階へ。





    イメージ 3




    ・前回は脱衣場も湯殿の中も、
    見た目はわたしと同じ姿恰好ながら、
    話す言語はさっぱり???

    ハングルあり中国語あり、
    日本語はほとんど聞き取れずでした。

    それに、みなさんとってもリッパな体格
    意味不明の話し声もデカイ。

    わたしもそれなりになんとかの法則で、
    下へ下へと体が落ちてしまって、
    劣等感のかたまり状態が、
    「大丈夫や!」
    と思ったほどでした。


    ~~~


    ・ところがこの日は、
    外国語は一切聞かれず、
    オール日本語

    それも半額ディと知ってきたおばちゃんばかりで、
    芋の子洗うような賑わいよう。

    一人で流して赤く濁った温泉に浸かって、
    にぎやかなおしゃべりを、
    聞くともなく聞きつつ、
    辺りを見回すと、
    またまた前回に劣らず、
    皆さんリッパな体格、
    声もデカイ。

    一人の自分がとっても小さく見えたことです。

    30分ほどで早々にお湯から出て階下へ降りると、
    あら~~

    「ただ今、女風呂はロッカーキーが出払っております。
    しばらくお待ちください」
    ですって。

    皆さんよくご存じです。




                


    0 0
  • 09/17/18--17:56: 「残花亭日歴」  4

  • (文中の「私」は田辺聖子さんです)




    イメージ 1



    ・7月14日(土)

    日中35℃。
    今日は梅雨明けというが大変な熱帯夜。

    オリンピックのチャンス、
    大阪は逃がし北京になった、と。

    大阪人はわりに冷静で、
    「あかんやろ、思てました」なんていう。

    私は活性化に望みをかけてました・・
    というところ。


        


    ・7月22日(日)

    庭のノウゼンカズラ、咲き続く、暑し。
    36,5℃という。

    裏庭でセミ、はじめて鳴く。

    昨夜、明石の花火大会で、
    雑踏のため10人死に、
    百人近い重軽傷者が出たという大事件あり。

    楽しい催しがこんな結果を引き起こすなんて。

    新聞は警備の不手際をいう。
    それは想像力の不足ということだろう。


        


    ・8月3日(金)

    今日はパパの誕生日。

    パパには知らせず、
    食堂の飾りつけ、ご馳走の手配。

    昔は毎年、ヤミの会、と称して、
    8月3日に女性編集者たちを集めて、
    大パーティをやっていた。

    一昨年は43名来て大盛会だった。

    パパが発病したので、
    パーティはそれがラストになった。

    楽しい思い出は、
    指の股からもれ落ちるように、
    人生からこぼれ落ちるが、
    それもまた可、というところ。

    。鯨ベーコン(パパの好み)
    。ずいきのゴマよごし
    。手羽先のしょう油焼き
    。枝豆
    。水なす

    メインは赤飯と鯛の尾かしらつき。
    それに小さいバースディケーキ

    私とミドちゃんは紙の三角帽子、
    パパは紙のシルクハット、
    老母も紙の帽子をかぶり大喜び。

    何べんもパパの年を聞く。
    聞いても忘れるらしい。
    パパよりもご機嫌。

    パパはすべてされるがまま、
    不快でもないが、
    「やめんかい」などと制するでもなく、
    淡々としている。

    77才になる薩摩男としては、
    バースディパーティなど小っ恥ずかしいが、
    かといって女どもがはしゃいでいるのに、
    ことさら異を立てるのも、
    大人げないというところだろう。

    西郷サンをここへ据えたら、
    こうもあろうかという風情でつくねんとしている。

    狭い食堂で落花狼藉、
    老母は笑いころげている。


    ~~~


    今日ばかりは、
    東京のアキラ(私の実弟)の所へ、
    お淋し電話をかけることはないだろう。

    母は、
    私たちとにぎやかに食事をしたあと、
    自室へ戻って弟に電話している。

    「こんばんは。
    ハイ、さっきいただきましたよ。
    一人淋しく・・セイコ?
    あの子らは外へ食べに出ました」

    なんてことを、
    シャーシャーというのである。

    いつか、友人にその話をすると、

    「あ、それ、あるのよ。
    トシヨリの通癖として、
    同情されたい、という思いがあって、
    そんなお話自分で作っちゃうみたい」とのこと。

    あとで弟にその話をすると、
    「そんなこっちゃろ、思た」
    と抱腹していたが、
    同居しているのが娘でよかった。

    お嫁サンなら、
    話がもつれてしまうだろう。

    我が家では、
    「おばあちゃんのお淋し電話」
    ということになっている。



                




    ・こちらのエッセイ、
    不思議なことに日と曜日が今年と同じ。

    今年の猛暑も例年にないもので、
    「命にかかわる」とまで報道されました。

    カモカのおっちゃんシリーズは、
    楽しく読ませて頂いたものですが、
    やはり病には勝てないのが人の常。

    薩摩男は無口で笑わぬそうですが、
    おっちゃんは奄美の生まれなので、
    生粋の薩摩っ子とはそこが少し違うものの、
    文庫本の挿絵に描かれたおっちゃんは、



    イメージ 2




    ・短髪に太い眉、どんぐり眼は、
    教科書で見た西郷さんにどこか似てます

    「おばあちゃんのお淋し電話」には、
    笑ってしまいましたが、
    娘さんと同居しながらも、
    やってしまうんですね・・

    わたしは姑・小姑の苦労を知らずに、
    今日まできましたが、
    娘がいないので、
    当然息子にお嫁さん来ます・・

    気は使いますが、
    普通にしていようと平素から心がけていて、
    2人が仲良かったらそれだけで充分満足

    樹木希林さんの訃報が伝えられた先日、
    「突然」という単語が飛び交っていましたが、
    きっとご家族やご親族間では、
    「近いうちに・・」という、
    ご覚悟があったと、
    思われます。

    心よりご冥福をお祈りいたします




                


    0 0


    ・有馬温泉には、
    秀吉が正室・ねねを伴って、
    何度も出かけたというそうです。

    それにちなんで、
    有馬の町の中央を流れる有馬川には、
    二人に関する名前を残した橋が、
    かかっています。





    イメージ 1
    町の中心部、
    バスの発着地点に近い上流には、
    正室・ねねの橋。





    イメージ 2
    そこからやや下ったところにかかる、
    秀吉の太閤橋



    ・そして橋の近くには2人の銅像が・・・




    イメージ 3
    下流の方を見ている立ち姿のねね




    イメージ 4
    太閤橋近くで上流を見上げる坐像の秀吉




    ・2人の目は何を見ているのでしょう?
    やはりご夫婦ですね。
    お互いの目を見つめあってます。





    イメージ 5
    「秀吉さ~ん!」




    イメージ 6
    「お~い、ねね~~!」




    ・2人は何度も大河ドラマに登場しました。

    わたしは、
    緒形拳さんの『太閤記』
    竹中直人さんの『秀吉』
    が大好きでした。

    年末が近づくと「終わるのか!」
    と思って悲しくなっていたものでした。

    今は当時を懐かしく思い出しながら、
    長湯の夫(おっちゃん)を置いてけぼりにして、
    一人で町の散策を楽しみました。

    ちなみにおっちゃんは、
    わたしと趣味が違っていて、
    こういうことには無関心のようです。

    桜の頃紅葉の頃は、
    また背景もぐんと違って華やかでしょうね。




            

    0 0
  • 09/20/18--17:03: 「残花亭日歴」  5

  • (文中の「私」は田辺聖子さんです)




    イメージ 1



    ・8月13日(月)

    今日はお盆の習わしで、
    弟一家や妹一家を集めてホテルで食事、
    ということになっていたが、
    ショートスティから帰ってきたパパは、
    「疲れたから行かない」という。

    珍しいこともあるものだ。

    でも皆を集めているので、
    パパについていてくれるS夫人を一人残して、
    皆でホテルへ行く。

    それはそれで面白かった。
    若い世代も“美味しかった”と満足していた。

    私、早々と帰ってみた。

    パパは疲れたのか、
    顔色もあまりよくないが、
    「面白かったか?」という。

    何だか心ここにあらずという風情。


        


    ・8月14日(火)

    小泉首相が8月13日に靖国神社へ、
    前倒しに参拝したというので、
    マスコミは火がついた騒ぎ。

    同じ参拝するなら、
    15日にすればいいのにと私などは思う。

    まあどっちでもよいが、
    参拝するほうがいい。

    田中外相(真紀子氏)は、
    小泉首相には反対の立場をとり、
    「やめなさい」という中国側に同調している。

    こんな外務大臣いるものだろうか。
    自国より他国に従うなんて。

    私は、といえば、
    小泉さんに賛成だ。

    神道がどうの、
    一級戦犯合祀がどうの、
    というより前にすでに「ヤスクニ」は、
    日本の土俗になりつつあるのではなかろうか。

    島倉千代子の、
    「東京だよ おっかさん」ではないが、
    ♪逢ったら泣くでしょ 兄さんも・・♪ というのが、
    国民の底の底なる想いではなかろうか。


        


    ・8月17日(金)

    今朝の朝日新聞、
    小泉首相の靖国神社参拝の模様を報道するのに、
    「珍妙だった」と形容していた。

    宮司さんのお祓いを正面から受けると、
    ことごとしくなるのでちょっと遠慮っぽく、
    半ば私的にというつもりでか、
    斜め向きに受けたらしい。

    というのは、
    その場の情景私が見たわけではない上、
    新聞の状況説明の文章が分かり辛かった。

    自国の首相を「珍妙」、
    と嗤うことがあるだろうか。

    これはおとしめた形容である。
    その社の政治的見解から発した感情が反映している。

    新聞は公正な報道を旨とするものであるのに、
    私的な感情をさしはさむのは、
    どうかと思う。

    ここは、
    「異例のお祓い」
    とでもいうべきであろう。


    ~~~


    今朝の9時ごろ、
    パパは口から血を出した。

    Y夫人の知らせで、
    私とミドちゃんはびっくりして飛んでいったが、
    しばらくして血は止まった。

    パパは例によってまじまじとしている。

    「気分悪いの?」というと、
    ハッキリ「いや、気持ち悪いだけ」といい、
    血はすぐ止まったようだった。

    顔色も普通で、
    歯茎からの出血かと思われた。

    しかし夜6時になって、
    食事をしようという間際、
    また口中血だらけ。

    この時間なら、
    大阪の歯科医院に勤めている、
    姪のマリが帰るころだろうと思い連絡する。

    待つほどもなく来てくれた。

    パパはイスに坐らされ、
    マリちゃんの持ってきたキカイで、
    口中を照らされ、のぞかれ、さわられ、
    おとなしくしている。

    いつもならわがままの限り、
    「もうエエ!」とふり払うところを、
    「マリちゃんだからおとなしくしていらっしゃる」
    ミドちゃんはいう。

    パパは、
    若い女の子好きということになっている。

    マリだってそんなに若くはなく、
    お医者のご主人もいるのだけれど、
    子供がいないからいくつになっても若々しい。

    「伯父さんのこれ、
    少なくとも内臓疾患じゃないと思うわ、
    口の中の血やわ。
    詳しく診ないとわからないけど、
    血止めだけしておきますね」
    といって処置してくれた。

    明日からパパはショートスティなので、
    帰ってから歯医者さんに連れて行き、
    診てもらうことにする。

    明日からは私の休日である。

    パパをショートスティにやって、
    私とミドちゃんとで、
    一宮の別荘で夏の休暇を楽しもう、
    というものだ。

    この2~3年、
    気の休まるヒマなかったから。



                



    ・9月も彼岸に入り、
    あれだけ強烈だった猛暑もやっと去り、
    さわやかな秋が、と喜んでいたら、
    昨日から雨・雨・雨・・・

    今朝もシトシト雨です。
    雨のせいでしょうか、冷え冷えとしています。
    室内気温はただいま23℃。


    お盆に身内一族そろって食事を!
    というのは子供のころの恒例の行事でした。

    それもホテルや食事処で外食するのではなく、
    家で母親が全部手作りして、
    父の兄弟姉妹をもてなしていました。

    当然イトコたちも来るので、
    子供のわたしはそれが楽しみでしたが、
    今思うと母一人で大変だっただろうな、と。

    お墓参りも14日の夕方と決まっていて、
    夕暮れ近く、ひな壇状に並んだ墓地に灯りがついて、
    とってもきれいでした~~

    みんな同時刻に、
    そぞろ歩いて墓地へ向かっていましたが、
    今は時間もバラバラで車でしゅっと行ってしゅっと帰るので、
    お墓参りも簡単になりました。

    ことに今年の墓参は猛暑だったので、
    冷房の車から降りるとワッと突き刺さるような暑さで、
    クラクラとめまいを覚えたほどでした。

    みずみずしい墓花も一瞬だけのようで、
    お盆過ぎに出かけると花たちはすっかり干上がっていました。

    なので花たちは、
    早々とすっかり片づけてしまいました。

    お彼岸の中日が近づいています。
    雨が上がったらまたお花をもって墓参にでかける予定です。

    あのころ遊んだイトコたちとの交流も今はなく・・
    どうしているのでしょう。

    お互いの両親たちが亡くなった時には、
    大人になっての再会をしたものの、
    それぞれの生活があり、
    新しい家族ができ、
    次々と思い出の中へ溶けていきます。

    田辺さんのいわれるように、
    楽しい思い出は指の股からこぼれ落ちてくのですねえ・・




                


    0 0
  • 09/21/18--18:16: 有馬のお昼ごはん

  • ・有馬温泉に行った時は、
    「金の湯」近くのだらだら坂を少し上ったところにある、
    鉄板焼き専門のお店でお昼をとるのが恒例で、
    ご主人が目の前で焼いてくれる、
    「お好み焼き」や「焼きそば」は、
    とっても美味しくて・・

    当然そのお店へ行くものと思って、
    夫(おっちゃん)がお湯から出てくるのを待っていると、
    「今日は別のところへ行こか~~」
    といいます。





    イメージ 1
    「金の湯」玄関の横にある、
    秀吉の馬印のひょうたんの湯。
    「飲めません」と外国語を含めて指示あり。




    ・いつも行くお店とは反対の道を歩いていると、
    「喫茶・チックタック」という看板があり、
    「ここへ行こう」になって、
    看板に示された細い石段を登り、
    源泉の噴き出ている、
    横を通って、
    到着。

    入っていくと、
    係りのお姉さんが、
    「ご注文を頂いてから出来上がるのに、
    30分はかかりますが、それでよろしいでしょうか?」
    と聞かれる。

    おっちゃん、
    「いいですよ」と答えて2人で席へ。





    イメージ 2
    お昼をいただいたお店




    ・おっちゃんは、カレーライス、
    わたしは、オムライス、をオーダー。

    往来の見渡せる隅っこの席で、
    通りを眺めながら30分待とうと思うも、
    お隣に7~8名の女性客が食事中でめっちゃ賑やか

    大声のおしゃべり・・
    外国語でなくてよかったけど、
    これが関西のおばちゃんたちではなく、
    関東方面のご夫人たち。

    語尾に「さ」「よ」「ね」がついて早口、
    日本全国、おばちゃんは群れると賑やかなんだ
    (アタリマエ)

    おっちゃんは完全にご機嫌斜め。

    貧乏ゆすりを始めたり、
    咳払いをしたり、

    しかし、
    おかまいなしにおしゃべりは続いて~~

    そうこうしているうちに、
    やっと来ました、お料理が





    イメージ 3
    わたしのオーダーしたオムライス




    ・オムライスといえば、
    チキンライスを薄焼きたまごで、
    ふんわりと楕円形に包んだ上にケチャップがかかってる、
    そう思ってましたが、このお店のオムライスは、
    半熟のぶ厚いたまごにごはんが包まれ、
    デミグラスソースが全体にかかって、
    これは美味しかったです。

    もちろん、たかがカレー、オムライスとはいえ、
    お値段もそれなりにでしたが、
    美味しく2人で頂きました。

    おしゃべりがもう少し静かだったら、
    いうことなしの一日でした・・




                


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